大統領令の対応が明暗を分けたUberとLyft - アメリカにおける政治的問題とPRのややこしさ
トランプ大統領が就任一週間目に署名した、イラン・イラクなど7カ国からの入国を90日間禁止する大統領令は、施行直後から大きな批判を呼んだ。入国制限はすでにビザやグリーンカードを保持する人にも及び、労働ビザを拠り所にアメリカで働いている自分としても全く他人事ではなかった。もともと移民が多くリベラル寄りなサンフランシスコやニューヨークでは、空港などで大規模なデモが行われ、ニュースは大統領令に関する話題で持ちきりだった。
そんな騒動のさなか、面白いなあと思ったのがアメリカのテック企業のそれぞれが敏感に反応していたこと。週末であったにも関わらずairbnbやDoordashなど、テック企業の創始者自らがTwitterなどで自分の考えや、会社として支援する声明を出したりしていた。例えばTechcrunchの下の記事なんかを見ると、名前を思いつく限りのテック企業がすべて何かしらの行動をとっていることがわかる。
特に、ともにオンデマンドタクシーサービスを提供するスタートアップであるLyftとUberの、大統領令に対する対応の違いと、それによって招かれた結果が自分には興味深かったのでメモ代わりに記録しておこうと思う。
以下、時系列
1/27(金)
トランプ大統領が大統領令にサイン
1/28(土)
Uber創業者が社内向けメール(全文)にて、大統領令によって被害を受けた従業員に金銭的保証をすることなどを連絡。 また、他の大企業の社長などと並んで、自身がトランプ大統領のeconomic advisory counsil (経済顧問グループ)であることにも言及し、政治家と手を取り合っていくことが良い変化をもたらすためには必要だと主張している。 このメールは一部を切り取ってSNSなどにシェアされ、「Uberはトランプを支持している」として批判を受けた。
一方、Lyft創業者はTwitterで大統領令を批判、antiethical (倫理に反する)という強い言葉を使っている
2/ Trump’s immigration ban is antithetical to both Lyft's and our nation's core values.
— logangreen (@logangreen) 2017年1月29日
大統領令に反対する大規模なデモが起きているニューヨークでは、タクシー協会がJFK空港からの乗客ピックアップを行わないボイコットを敢行
NO PICKUPS @ JFK Airport 6 PM to 7 PM today. Drivers stand in solidarity with thousands protesting inhumane & unconstitutional #MuslimBan.
— NY Taxi Workers (@NYTWA) 2017年1月28日
これは結果として、タクシーを拾えない客がUberに流れ、需要増でUberの利用料が高騰することになった。 (UberにはSurge pricing という、需要に応じて値段が変動する仕組みがある) Uberはその後JFK空港周辺でのSurge pricingを停止したけれど、デモに便乗してお金儲けをしているとして批判された。
ちなみにこのときLyftも営業して利益をあげていた(?)と思うのだけど、Lyftを批判するコメントなどは見られなかった。 背景として、UberのほうがLyftよりも商業的に成功していること、Lyftと比較してUberは従業員やドライバーに対する扱いが悪く、以前より批判されがちだったことがあるだろう。
Surge pricing has been turned off at #JFK Airport. This may result in longer wait times. Please be patient.
— Uber NYC (@Uber_NYC) 2017年1月29日
上述のLyft・Uberのスタンスの違い、またUberがNYでのデモに便乗して利益を上げたなどの批判から、Twitter上で#DeleteUberというハッシュタグをツイートするユーザが現れ、トレンド入りするまでになった。
1/29(日)
Lyftは公式のブログにて、大統領令を改めて批判するとともに、大統領令に反対する運動をしている人権団体ACLUに、今後四年間で$1M (一億円くらい)を寄付していくと発表した。
一方Uberも、創業者が28日に社員に送ったEメール(上述)についてのブログ記事をTwitterで宣伝(以下のスクショは僕の実際のタイムラインに流れてきたpromoted tweet)するなどして、自社の主張を届けようとしたが、#DeleteUberのトレンドは止まらなかったように思う。
Uber創業者のTravisはFacebook上で改めて大統領を批判するとともに、Uber大統領令で影響を受けたドライバーに対する法的援助費用などのための$3Mの基金を設立すると発表した。
1/30(月)
UberをアンインストールしLyftに流れるユーザが大勢いたことから、App StoreでのLyftの順位が39位から4位へと急上昇し、アプリ公開移行初めてUberのランキングを抜いたことが報道された。
SNS上でのUberに対する批判は収まりを見せず、例えば以下のTweetは1/30に投稿され、1000以上のいいねがついている。
Goodbye @Uber. Hello @lyft. #DeleteUber pic.twitter.com/Hk04FpllUn
— Susan Sarandon (@SusanSarandon) 2017年1月30日
2/2(水)
トランプ大統領とのcouncil meetingを2日後に控えたこの日、Uber創業者のTravisは、自身がcouncilを辞退することを発表。 もとより大統領令を支持する意図はなかったが、さらなる誤解を避けるためにcouncilをやめることにしたとのこと。
New York Timesの報道では、今回の件でUberは20万人のユーザを失ったとも言われている。
こうしてまとめてみると、個人的にはUberが特に論理的に誤った対応をしたとは思わないし、別にcouncilからアドバイスしていくという立場も妥当だったと思うが(実際、Tesla CEOのElon Muskなんかはいまでもcouncilに所属している)、結果としてはUberはSNSでの炎上により20万ものユーザを失い、更に結局councilからも脱退することとなった。一方でLyftは大量の新規顧客を獲得することになった。
日本でなにかしらの大規模な政治的問題が起きたとして、個々の企業レベルで正式見解を出すということはあまり無いような気がする。一方アメリカの特にテック企業では、上に述べたように多くの企業が何かしらの声明を出していた。もともとテクノロジー業界は比較的新しく多くの移民に頼っていること、またアメリカ人は(日本人と比べて)政治的問題に関心が強いということなどがあるのだろうか。
いずれにせよ、サービスと本来関係ない、政治的な問題への対応やPRによって、これだけ各企業にとって大きな違いをもたらすというのはとても興味深い出来事であった。
件の大統領令については、結局裁判所から一時差止命令が出て、今のところ差し止め状態になっている。 多くの人が指摘しているように、とても「アメリカらしくない」政策だと思うので、しっかり却下されると良いな、と思う。